フィリピン セブ ソーシャルボランティア体験談

ほのか 岐阜大学
 
<貧困地域やスラム街の環境について>
 
今回のボランティアでは、様々な貧困地域やスラム街に行かせていただいた。
 
私が最初抱いていたイメージは、家と呼べるほどの物はなく、ただ屋根があるだけで、電気はもちろん通っていないし、水や食べ物に相当困っており、たいへん過酷な環境で生活しているのだと思っていた。
 
しかし、実際行ってみると、雨風をしのげる壁があり、電気も通っていて、ソファーやキッチンにはたくさんの鍋があって、思っていたよりは現代的な暮らしをしているということが分かった。
 
 
しかし、竹でつないだ橋のような通路や石ががたがたで大変歩きづらい通路等、とても不安で狭い通路が多く、そこにはたくさんのゴミが落ちており、安全性に欠け、公衆衛生も悪い様子だった。
 
 
ゴミのほとんどが食べ物、特におかしのパッケージであり、安いおかしを食べ、そこらへんに捨てている子ども達の様子が目に浮かんだ。
 
私の感覚では、おかしのパッケージと住居の様子がミスマッチに思えた。
おかしのパッケージは進んでいる地域で食べられているというイメージで、それがたくさん落ちていることから、進んでいる地域の物を買ったり手に入れたりしても、貧困地域やスラム街では処理しきれない。
 
つまり、貧困地域やスラム街の環境を整え、ゴミの処理法を整備したり、道を整備したり、ルールやマナーを作ったりしていかないといけないということが浮き彫りになっていた。
 
 
 
環境で一番衝撃的だったのはやはりゴミ山だった。
 
危険だし、においも最悪だし、ハエも多いし、一刻も早く帰りたいと思うくらいの場所でどうしてあんなに笑えるの?ずっとそこにいれるの?という疑問が1番にでてきた。
 
斉藤さんが言うように、私たちが普通に生活していた日本の環境にたいへん感謝したと共に、私たちに何ができるんだろう、何もできないのではないか、これはもうどうにもできないと思った。
 
 
しかし、子どもたちと遊んで、過酷な環境で笑っている子どもたちを見ていると、どうにかしてあげたいと強く思い、日本に帰ったらまず、リデュース・リユース・リサイクルを徹底すると誓った。
 
 
 
<子ども達について>
 
一番印象に残っているのは、子ども達のキラキラした笑顔である。
 
どんなに過酷な環境でも笑顔で活発に活動している子ども達に勇気と笑顔をもらい、この笑顔を守るために私は何ができるのかと考えさせられた。
 
 
子ども達がどうして笑顔でいられるか、その理由を考えると、人や物をとても大切にしていることが一番の理由だと考えられる。
 
 
子どもに一番大切な物は何?と質問したときに、「全て」と答えていたこと、
もしお金があったら何がしたい?という問いに、「もっと大きな家に家族で住みたい」と答えていたこと、
 
将来の夢で、先生、エンジニア、警察など、人のためになる職業を答えていたり、誰かの生活を豊かにしたり救ったりするのを答えていたこと、
 
 
小さい子の手助けを自然としていたりする様子がその理由である。
 
 

私が直接子ども達の笑顔を守ることはできないが、先生という立場になるとできることはたくさんあると思う。
 
フィリピンの子ども達に先生とは、日本のように勉強を強要してくる存在ではない。
 
子ども達は夢を叶えるために勉強に励んでいるという子が多く、先生は勉強を教えることで、夢を叶える手助けをしてくれる存在だと子ども達は認識しているようだった。
 
そこが、フィリピンで先生が人気である理由の一つであると思う。
 
 
また、先生もただ目の前の子ども達に教えるという意識で教育しているのではなく、知識を目の前の子に教えることでその子がまた次の世代へ、また次の世代へと知識を伝えていく、という意識で先を見据えて教育をしているようだった。
 
 
私が先生になったら、まず、勉強が実用的なものであることを子ども達に認識させたい。
ただただ知識を教えるのではなく、それが何に役立っているのかを一緒に教えて、目的を持って勉強できるようにしたい。
 
また、人や物の大切さを伝えていきたい。
 
 
 
今回のボランティアの写真や動画を見せたり、話を聞かせたりして、日常生活が普通に送れることの大切さと、人、物の大切さが分かるようになってほしい。
 
私が日本の子ども達にこういったことを伝えることで、間接的に、貧困地域やスラム街の子ども達が救われるようがんばりたい。

 

2019年2月28日~3月6日
 
 
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