1週間のボランティアで得た果てしなく大きな経験

フィリピン セブ ソーシャルボランティア体験談

しほ 実践女子大学
 
何か動き出したいと思いつつ、行動できずに、怠惰な日々を送っていた私が、ようやく一歩踏み出すことができたのが、このソーシャルボランティアである。
 
以下、感じたことを述べていく。
 
 
まず、自分の肉眼で見るのと、資料を通して見るのとではあまりにも違う。
 
思っていたより遥かに危険であり、汚染されている。深刻さを肌で感じた。
 
 
「ここは人の住む場所ではない」とすら思えた。
しかし住んでいるのが事実なのである。
 
周りはゴミで溢れ、虫が飛び、異臭がする。
自分の環境がいかに恵まれているのか、改めて思い知らされた。
 
 
ではそこに住んでいる人々は皆、暗く、疲れ切っており、笑顔のない人たちなのだろうか。
 
答えはN Oである。
驚きだった。
 

自分の貧困地域に対する先入観が覆された瞬間だった。
 
どの場所に行ってもたくさんの笑顔に溢れていたからだ。
 
 
 
印象的だったのは子供たちの笑顔である。
私たちを見つけた瞬間、走って抱きついてきて「あっちに行こうよ」「このゲームしようよ」「ジャンプしようよ」と嬉しそうに話しかけてくる。
 
とてもあの過酷な住まいからは、想像もできないような明るさがそこにはあった。
 
 
要は「貧困の子ってかわいそう」と自分のものさしで、物事をはかり、自分の思い込みによるレッテルを自らの手で貼っていたのである。
 
とても失礼で恥ずべきことだと思った。
 
 
彼ら、彼女らは皆、その環境の中での楽しみや、幸せを見つけている。
斉藤さんもおっしゃっていたが、貧困の基準はあっても幸せの基準はないのである。
 
 
「セブに生まれて幸せか」という私の質問に「Y E S」と答える人々に「かわいそう」などとても言えない。
 
皆それぞれが自分の手で大きな幸せを掴んでいる。
大きな発見であった。
 
 
 
その一方で、困難はきっと多くある。
私が幼少期に楽しんでいた遊びや、美味しい食べ物、綺麗な景色を見ることなく、人生を終えていく人たちも多いだろう。
 
 
5日目のオフの日にふと思った。
「こんな風に私がビーチにいる今も、あの子たちはゴミ山でお金になるものを探しているのだな」と。
 
考えれば考えるほど辛くなる、わからなくなる。
答えなんて簡単に出るものではない。
 
 
 
しかし、この1週間で得たものは果てしなく大きい。
1週間前の自分とはまるで違う。
 
大きなことはできないが、小さな1つ1つを積み重ねていきたい。
 
 
 
今回のボランティアを通しい1週間は、私にとってかけがえのないものとなった。
 
毎日が濃く、刺激的で充実していた。
 
たくさんの学びを共にした、ボランテイア生・インターン生、機会を与えてくれた斉藤さん、参加することへの背中を押してくれた家族に感謝の気持ちでいっぱいである。
 
 
そして、子供たちの多感な時期に一緒に遊び、笑い合えたことをとても嬉しく思う。

 
 
 
2020年3月
 

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