珠希 神戸大学1年

セブでのボランティア活動を通じて、今まで自分がいかに狭い視野で、狭い範囲で生きていたのかを思い知った。

スラム街やゴミ山はテレビや教科書で見ることがあり、その印象は強く残っていたが、実際に目にすると、その広さや匂い音を体中で感じ、さらに強烈な印象を残した。

一方で、そこに住む人々の温かさや子供たちの目の輝きは、日本と同じように、むしろ日本以上に際立って感じられた。

特に印象に残っているものの1つはゴミ山で暮らすスカベンジャーたちとの交流だった。

景色や匂いに圧倒されるのはもちろんあったが、それ以上にこのゴミ山が正規のフィリピンのごみ処理の方法であり、このゴミ山がないと生計を立てられない事実に驚いてしまった。

自分の今までの学習では、ゴミ山とそこで暮らす人々の存在を知っていても、なぜそこにゴミ山があるのか、このゴミはどうなるのか、人々はどのように暮らしているのかまで思いを馳せることができなかった。

そこでは私たちと同じ人が暮らし、笑ったり、泣いたり、恋をしたり、喧嘩をしたり、おしゃれを楽しんだりしている。

彼らをかわいそうと一言で片付けてしまうのはとてつもなく傲慢で、失礼なことだと思った。

そこのある子供は私に、自分の夢は先生になる事と言い、またある子供は私が作ったパペット人形をとても喜んだ。

その様子は、きっと全人類共通のキラキラ輝いている瞬間であるはずなのに、ここに暮らす子供たちの多くが、また自分の親と同じような生活を続けていくと言う。

私は子供たちの様子を見ながら切ない気持ちになったが、これをどうすればいいかもわからなかった。

わからないけれど、決して忘れたくない思いであり、人生の糧にしたいと思った。

いつかどういう形であれ何か貢献したいとも強く思った。

もう一つ全体を通して印象に残った事は。なんとなくフィリピンでは全体的に全てを受け入れる姿勢を感じたことだ。

これはよくも悪くもあらゆる場面で感じた。

例えば訪問先の男子高校生は、自分の恋愛対象は男だと話した。

このことを両親の前で隠すこともないし、両親もそれを認めているそうだ。

すべての家庭が同じではないだろうけれど、かなりオープンの雰囲気を感じた。

全てがシステム化され、快適に過ごせる日本では、まだそういった多くのマインドが広がっていない。

今回、様々な風景を見て、現地の人や斉藤さんの話を聞く中で、すべての人が衛生環境の整った生活するには、彼ら自身で経済をまわし、教育の連鎖を作ることが必要だと自分なりに考えた。

スラム街も、単に住居等のハード面を整えるだけではなく、今回私が感じた人の温かさやつながりをそのままに衛生面や教育を整えられればなぁと思うようになった。

この貴重な体験を糧に、自分の生き方を考えたいと思います。