かな 桐蔭横浜大学3年
7日間のボランティア活動を通して、多くの経験や体験と共にフィリピンの現状を知ることができた。
活動一日目の墓地のスラム訪問では、どんな子供たちがいるのか気になる一方、私の中で墓地に住むというイメージができていなかった。
墓地に着くと子供たちが一斉に集まってきて手を繋いできたり、おんぶしてほしい!と言ってくるのが印象的だった。
しかし子どもたちをよく見てみると、服のサイズが合っていない子や破れている子も何人かいて、体には傷や虫食われがあり清潔と言えない子供もいたというのが現状である。
ご飯を配っているときは列に並ぶという概念はなく、「とにかく欲しい」という欲求が一番強かっただろう。
住宅街を歩いて回った時は臭いが強烈で正直きつく、地面もゴミや割れたガラスなどが散らばっていた。
その状況の中、走り回ったりジャンプしたり、サンダル一つで歩くのはとても危険だと感じた。
家はブルーシートのようなものを屋根代わりにしている人もいれば、柵の中に墓があってそこに住んでいる人もいて、これが墓地のスラムだということを肌で感じた。
山岳地域訪問では子供がスマホを持っていることや、広場に集まっている年齢層が幅広いということが印象的であった。
スマホを持っているためか韓国のアイドルグループの話で盛り上がったり、tiktokを踊ったり、共通の話題で話すことができた。
また縄跳びをやったとき、初めは遊び方やと跳ぶタイミングがわからなくても、やっていくうちに上達し30回ぐらい跳べるようになった子供もいてとても嬉しかった。
24 、25歳ぐらいの人もいてバスケやバレーなどの球技を行っていたが子供から大人が集まってコミュニケーションを取っていることがすごくいいなと感じた。
2日目の貧困地域の子供たちとの交流では、幸せそうにご飯を食べる子供の笑顔が印象的だった。
フィリピンの子供達にとってご飯を食べれるということは当たり前ではなく、幸せなことなのだと感じた。
また将来の夢を質問した際、子供たちが「家族のためにお金を稼げる仕事をしたい」と言っていた。
自分が幼いころ、そのような考えは無かった為尊敬した。
午後の青空教室でビサヤ語教わった。
将来教員を目指している子供がほとんどで、教え方が上手だった。
私が覚えられなくても、「大丈夫、もう1回!」と見捨てることなく最後まで教えてくれた。
自分たちがビサヤ語を覚えるのも一つの学びだけど、子供が教えるのも一つの勉強でお互いに良い刺激となった。
3日目の川の上のスラムでは川の状況だけでなく、そこに住むという大変さを知ることができた。
川はゴミが浮いているだけではなく汚れで濁っているほか、雨が降ったために足場がぐちゃぐちゃだった。
自然災害で洪水が起こると、その度に避難するそうだ。
質問した時、川の上に住んでいる魅力は近所の人との信頼関係があり頼ることができる、と答えていてそこに共感できる部分があった。
環境が悪くてもそこで育ってきた子供達にとっては落ち着く場所であり、過ごしやすい場所なのだと思った。
午後のゴミ山では、あのような場所があるからこそ人々が生活できているという話が印象的だった。
毎日街から運ばれてくるゴミが、あの場所に集められている。
ゴミ山がなければ、街中にゴミが散乱しているだろう。
自分たちが普段捨てているゴミの中にはお金に変わるものがあり、それを集めて生活している人がいるということを知った。
その中で子供たちは親の手伝いをするなど、過酷な環境の中で日々を過ごしている。
けれど最後まで椅子に座って人の話を聞いたり、順番に並んで待っていた。これらは誰かの教育によって身についたものであり、教育している人が訪れているのだろうと思った。
5日目の小学校では、落第制度があることに驚いた。
幼稚園、小学校、学年関係なく赤点を三教科取ると落第し、次の学年に上がれない。
それらを知って自由時間に教室に行くと、9歳の子もいれば11歳の子もいた。
家のことだけでなく勉強も両立できていてすごいなと思った。
最後に、日本では実際に見ることの出来ない場所に訪れ、学びを得た。
過酷な環境の中で生活する人は、それぞれ幸せの感じ方が異なり共に困難を乗り越えている。
私が普段当たり前のように行っていることを、当たり前に捉えず一つ一つに感謝して生活したい。
そしてみんなが思っているリゾート地だけでなく、スラムや貧困の現状を発信できたら良いなと思う。
2025.02.26
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