ゆり 関⻄学院⼤学1年

1.海外ボランティア参加の動機
私は海外ボランティアに以前から興味をもっており、実際の状況を⾃分の⽬で確かめたいと思ったことが参加した動機である。

貧困に対してのイメージは、「可哀想」と⾔ったマイナスな⾔葉しか思い浮かばなかった。

実際活動に参加し、今までのイメージが180度変わった。

また、⾃分の価値観を広げるきっかけになった。


2.活動内容と現地の様⼦
(1)墓地スラムの様⼦
本来は、亡くなった⼈を埋葬する場所である墓地で、貧困層の家族は⽣活しているという現実を知った。

墓地スラムに到着すると、⼦ども達が笑顔で迎えてくれた。

明るく、楽しそうに遊んでおり、その光景から、墓地ということを忘れさせられるものだった。


(2)⼭岳地域の貧困地区訪問
⼭の中にある地区で、そこでは多くの家や⽊やトタン、⽯などの簡易的なもので作られていた。

台⾵や⾬、⾃然の影響で簡単につぶされてしまいそうだと感じた。

⼦供達は、⼀緒に遊ぼうと⾔ってくれて、追いかけっこやボールを使って遊んだりした。

とにかく元気で楽しく遊んでいた姿が印象に残った。


(3)貧困地区の⼦ども達との交流、家庭訪問
訪問した家は2畳程の⼩さなスペースだった。

造りは、⽊でつくられており、決して丈夫とはいえないものであった。

お⺟さんに質問として、「今の環境が嫌になったことはあるか」では、「たまにネガティブになることはあるが、この場所しかない、諦めそうになったこともあるが、選択肢がない」と答えた。

「選択肢がない」という⾔葉は、私の中でとても印象に残った。

 

私はこれまで不満を感じた場合、⾏動すれば変えることができると思っていた。

しかしこの環境では、変えたくても⼿段がなく、そもそも選択肢⾃体が存在しないという現実があった。

ここから、私はどれほど多くの選択肢を持つ環境で⽣活していたのかに気づかされた。

また、「⼀番⼼配なこと」として、⼦どもが病気になることや⾃分が死んだら、⼦供のお世話に関して話していた。

お⺟さんが強い責任と愛情を持ち、⼦供を育てているかを感じると同時に、医療や⽣活環境の不⼗分さを知った。

さらに、⾦銭⾯では、旦那さんが働き、8時間で50ペソしか得ることができないということから、より⽣活の厳しさを学んだ。

⾷事や⽣活費の確保が困難である。「幸せを感じるとき」に対しては、家族みんなでいる時と話していた。家族という存在は⼤きな⽀えであることを学んだ。


(4)川の上スラムの訪問
家には、⾼床式の構造になっており、⽊やトタンで作られていた。

また、通路は、⽵や⽊材でできており、歩くとギシギシと⾳を⽴て、不安定さをよく感じた。

通路の下を流れる川は、多くのゴミが浮かんでおり、衛⽣⾯や健康⾯でも⼤きなリスクがあると感じた。

洪⽔や⾬が発⽣した際には別の場所に避難しなければならないということから、災害の影響を受けやすい不安定な環境だと知った。

 

⼦供達への質問で、将来の夢やそれに向かってしていることが印象に残った。

例えば、兵⼠になりたい⼦は、筋トレを頑張っている。

国を守りたいという理由を語っていた。

正確な夢や⽬標をもち、努⼒していること⾃体、⾃分からすると尊敬でしかなかった。


(5)ゴミ⼭訪問
ゴミ⼭は、これまでに⾒たことがないほど巨⼤であり、⾔葉では表しきれないくらい衝撃的だった。

⼈々の⽣活のすぐ隣に、このような環境があることにも驚いた。

実際歩いてみると、硬くはなく柔らかくなっていた。

また、異臭があり、⻑時間はいられないと思った。

ゴミ⼭で⽣活していることが衝撃的であり、今まで訪問したスラムの中でも、最も衛⽣環境が悪いと思った。

安全ではない。印象に残ったのは、裸⾜で歩いている⼦供達の姿である。

地⾯には、⽊やガラスの破⽚はあり、怪我をしないか⼼配になっ
た。


(6)セブでのボランティアを振り返って
セブ島でのボランティアを通して、私は初めて貧困の現実を初めて⾃分の⽬で直接⾒ることができた。

メディアを通して⾒る貧困と実際の現実には、違いがあると実感した。

メディアでは、⾮常に深刻的なものとして映し出されていることが多いが、実際は、厳しい中でも笑顔で前向きに暮らしていることが分かった。

情報だけで物事を判断するのではなく、実際に⾃分の⽬で⾒て確かめることの重要性を学んだ。

ボランティアに参加した⾏動⼒から、これまで知らなかった現実を知り、⾃分の価値観を⼤きく変える経験をすることができた。


私はこれまで、努⼒次第で、将来の選択肢を広げる環境にいるが、決してそれは当たり前ではなく、とても恵まれた環境なのだと気づいた。

だからこそこれから、今の環境と学ぶ機会を⼤切にしたいと思った。

⽇本での当たり前は決して世界中で当たり前ではないことを学んだ。

当たり前の⽣活を送ること⾃体が幸せなのだと気づかされた。

さらに、印象に残った、⼦供達が厳しい環境の中、明るく笑顔で暮らしていることが彼らが幸せを感じる習慣であり、⽇常の中の出来事であった。

私はこれまで、幸せとは⼤きなものだと思っていたが、彼らの姿を⾒て、⾷事をし、家族と共に⽣活できていること⾃体が幸せなのだと学んだ。

2026.02.25

 

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