しょうま ⽴命館⼤学1年
セブ島ソーシャルボランティア活動に参加する中で最も印象に残ったのは、「劣悪な環境の中にあっても夢や希望を持ち、懸命に⽣きる⼦どもたちの姿」です。
活動期間中、私たちは墓地や川の上に成⽴したスラム街、⼭岳地域の貧困地区や多くの不要になったものが運ばれてくるゴミ⼭など、様々な場所を尋ねました。
いずれの場所にも、そこにはそれぞれの⼤切な暮らしが存在し、⼦どもたちの賑やかな声や笑顔がありました。
⽇本で貧困、スラムと聞くと、お⾦を持っていない、あるいは稼げない⼈々が集う不幸な場所というイメージが広く共有されているが、実際に⾏ってみると、⼈々はみんな笑顔で、歩いているだけでもハローと声をかけてきたり、⼦どもたちはすぐに⼿をつないできて私たちとの交流を⼼待ちにしているような様⼦だった。
確かに⾷べるものには困り、収⼊が少なく厳しい暮らしを強いられている⼈々であるのは確かだが、果たしてそれがすぐに不幸に結びつくかと⾔えば、少なくとも⽇本⼈が想像するほど不幸なようには思えなかった。
⽇本で共有されている貧困やスラムのイメージと、実際のスラム街の表情には、ギャップがあるように感じられた。
活動中には、実際にスラムで⽣活する⼈々に直接インタビューするという貴重な経験をさせていただいた。私は、スラムに住まう⼈がどれくらいの収⼊で、どの程度の⽣活を実現できているのかという点に特に興味を持っていたため、主にそのことについて質問した。
1ヶ⽉の収⼊は9,000ペソ〜10,000ペソ、⽇本円にして約20,000円ほどで、そのうち飲⽤⽔が1,000ペソ(約2,600円)、電気代が100ペソ(約260円)。
⾮常に厳しい⽣活を強いられていることが分かった。低収⼊の背景には低賃⾦労働があり、このような貧困問題を解決するためには、まずこの低賃⾦労働を是正していく必要があることを痛感した。
また、この問題を解決していくために、私たちが⽇本にいながらできることはフェアトレード商品を買うことだが、そのくらいに限られるかもしれないが、できることはやっていくも、先進国で暮らす私たちが求められる地球市⺠としての⼤切な責務だと考える。
活動中、ゴミ⼭の⾵景は特に印象に残っている。
信じられないほど⼤量でときには危険なゴミ⼭の中には、スカベンジャーと呼ばれる⼈々が集い、⽣計を⽴てて⽣活を営んでいるようだった。
⼦どももたくさんいて、おそらくゴミとして捨てられたのであろうおもちゃで遊んでいた。
また、私と⼿をつないでゴミ⼭の中を歩いているとき、ゴミの中から⾞輪の付いたおもちゃを探し出し、掘り出している姿が鮮明に残っている。
いわば富裕層の⼈々が出した壊れかけのおもちゃで遊ぶゴミ⼭の⼦どもの姿を⾒て、何とも⾔えない感情になった。
ただ、ゴミ⼭は危険だから焼却施設を整備して閉鎖してしまえばいいかと⾔えば、それではゴミを貴重な収⼊源としているスカベンジャーの⼈々の収⼊が無くなり、⽣活が⽴ち⾏かなくなるから、そのように簡単に解決できるような問題でもないということを、ゴミ⼭での活動を通して知った。
そして、この問題を解決する唯⼀の⽅法は最低限の教育かゴミ以外で稼いでいく技能を⾝に付ける職業訓練校の設備などであることを強く感じた。
また、教育について深く⽀援を⾏っているグローリアセブの活動が、改めて貴重な、そして少しずつ貧困問題を解決していくためには重要なことであることを重く認識することができた。
1週間のセブでの⽣活の中で、様々なことを考えさせられ、素晴らしい経験となった。
2026.02.25
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