ボランティアで知った現実を日本の子どもたちに伝えたい

フィリピン セブ 地域開発ボランティア体験談

かのん

 
5日間、ボランティアとして参加させていただき本当にありがとうございました。
 
この5日間で想像以上の現状を突き付けられ、イメージはイメージでしかないこと、何もわかっていなかったことを痛感させられました。
 
 
産まれた環境の違いで生活が全くと言ってよいほど異なり、家庭によりサポートの仕方も異なること。
 
ストリートチルドレンには家族がいながら路上でもの売りをしている子と、育児放棄で悪い大人に目を付けられてしまい、悪いと思わずに犯罪に手を染めてしまう子がいること。
 
そしてそのような犯罪に手を出してしまった子たちは支援することが難しいということ。
 
 
 
生活排水が流れ衛生面は全く整っていないが、仕事がありお金が入る海のスラム。
見たままでは衛生面は海ほどではないが仕事がなくお金が中々入らないため、生活を送っていくことのできない山のスラム。
 
 
どちらが良いか、キレイか、過ごしやすいかではなく、それ以前にどうしたら家族が生きていけるのかが問題であること。
 
 
 
家庭訪問では、きっと日本で同じ質問をしたら、答えたら叶えてくれるのか、と言われてしまうような質問にも真摯に答えてくださいました。
 
こちらがありがとうと言う立場であるのに、どこの家庭の方も最後に優しい笑顔でありがとうと言ってくださり、人としての温かさを感じたと同時に心苦しくなりました。
 
 
 
子どもたちには先生、警察官、モデル、歌手、世界一周がしたいなどと夢がありました。
 
夢を持つことはどこの誰でも平等にあることを感じ、今持っている夢や希望を諦めずに持っていて欲しいと感じました。
 
 
そして、夢を途絶えさせないためには今回参加させていただいたグローリアセブのような支援が継続的に必要であることも感じました。
 
 
 
子どもたちと接していて遊んでいるときのキラキラした目や、折り紙が折れた嬉しさ、楽しさの感じ方はなにも日本の子と変わりません。
 
子どもはどこの国でも、どのような環境であっても素直で純粋な子どもであるとこを感じました。
 
 
折り紙ができることだけで嬉しい。
長時間座っていることの難しい年齢の子ですら、真っすぐこちらを見つめて進めている姿に、この子たちにとっては貴重な楽しい時間なのだなと感じさせられました。
 
 
日本人にとっては当たり前なこと、一日の中でひとつの活動ですが、ここではそうではないことを痛感し、日本の子どもたちに伝えていかなければと思います。
 
 
 
ゴミ山を目の前にしたとき、ここに住んでいることは考えられないくらいの衝撃でした。
 
しかし、そこにいる子どもたちもやはり子どもであり、一人ひとり個性がありそうな、可能性がありそうな子たちばかりでした。
 
 
普通とは何か、当たり前とは何か、幸せとは何かをたくさん考えさせられました。
 
食べたくても食べられない子がいる
学校に行きたくてもいけない子がいる
 
 
言葉にしたり頭のどこかにあったとしても、それすら当たり前になってしまっている人が多いのではないかと思いました。
 
 
 
小学生の時に自分が感じた、どうにかしたい!と言う気持ちから、やっと自分の目で現状を見て感じることができました。
 
初ひとり海外でビクビクしながらも、本当に来て良かったと思います。
 
 
 
私にできることは何だろう。
 
いまはまず、ボランティアで見たこと知ったこと、感じた想い、現状、背景をひとりでも多くの日本人、そして今を生きる子どもたちに伝えていくことかなと考えます。
 
 
小さな幸せ、当たり前となっていることに対して感謝の気持ちを持ち直すこと。
 
周りの人を大切にすることを。

 
 

2019年4月
 
 

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