栞理 早稲田大学4年
今回グローリアセブに参加したきっかけは、大学4年生で始めた無料塾の講師です。
日本国内において、周囲の環境(低所得や親の意思など)や自身の内的要因で、私立の生徒と公立の生徒との教育格差が生まれている現状を実感しました。
貧困格差が少ない日本ですら教育格差が深刻化しているのに、貧困格差が甚だしい外国の教育現場ではどのような実情があるのか、興味を持ちました。
日本ではリゾート地のイメージが強いセブ島を訪れ、教育格差の因果関係を自分の目で見て学ぶことで、将来の方向性を明確にしたいと考えています。
実情は、実際に目で見なければわからないということです。
このボランティアに参加する前は、セブの子供達は足りないものだらけで、すごく些細なことを幸せに感じ、私が共感することはできないだろうと推測していました。
しかし実際は、セブの子供も日本の子供も当たり前に同じ価値観を持っていることを知りました。
例えば、現地の子供に1日で楽しい時間は何か?と質問した際に、友達と一緒にいる時間。と答えており、私の学生時代と同じだなと密かに親近感が湧いていました。
私たちは日本という豊かな国に住んでいます。だからこそ無意識に自分と比較して、貧困地域に住む人たちをかわいそう、辛そうと勝手な偏見で丸め込んでしまいます。
しかし、現状を実際に見て、その偏見はすぐに払拭し、その人自身が持つ悩みや困難に向き合うべきだと気づくことができました。
ボランティアをするにあたり、「セブのスラムに住む子供たち」という偏見含みの大きな括りではなく、「世界のどこかにいる1人の子供」という最小単位に目を向ける必要があると感じました。
そして、私を含めて少しお金に余裕のある場所で育った人たちは、貧困と呼ばれる環境が原因で、その意志や夢を貫けない人への支援をするべきであると感じました。
今回のボランティアを通して、教育格差と貧困の根強い関係性とその支援に携わる上で自分1人の無力さに気付かされました。
セブの各地を訪れ、一人一人の夢を聞き、楽しそうに遊んでいる姿を見るたびに「いつか彼らは現実と向き合い自身の夢を諦めなければならない日が来るのか」と少し複雑な気持ちになりました。
貧困家庭に生まれ育った子供でも、大学までしっかりと学べる場所を用意するためには多くの時間と課題解決が必要です。
そのためには、教育格差を他人事として考えている人たちに教育の必要性と、まともに教育を受けられない人がいる現状を知ってほしいと考えています。
ボランティアは偽善だと言われることがよくあります。
その理由に、ボランティアは一時的な支援で根本的な解決には貢献していないように見えるからだと推測しています。
そこで将来は、根本まで追求し世界各国の貧困状況をどうすれば改善できるか、それらに貢献したいと改めて強い決意になりました。
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