貧困問題を肌で感じたセブのスラムのボランティア

フィリピン セブ ソーシャルボランティア体験談

ひなこ 中央大学
 
これまで、私は誰かのために自発的にやるボランティアというものを国内、ましてや海外でやったことはありませんでした。
 
 
セブの貧困地域に住んでいる人たちのために、たった1週間で、できたことはほぼ何もないかもしれません。
 
彼らの生活について話を伺わせていただいたり、子供たちの仲間に入れてもらって遊んだり、ビサヤ語を青空教室で教えてもらったりと、私が彼らのためにするのではなく、反対に彼らが私たちボランティア生に多くのことをしてもらったような気がします。
 
 
ですが、彼らが生活している、充分とは言えない暮らしを、直接自分の目で見て、話し聞いた経験は、何にも代え難い貴重なものだと思っています。
 
 
 
セブで海外ボランティアをしようとしたきっかけは、ゼミや授業などで貧困という言葉を耳にする機会が多く、漠然と興味を持っていたからです。
 
 
貧困データなどを見て、どの地域に貧しい人が多いか、それに対して国際機関やN G Oがどのような対策を講じているのかなど、他人事でしか感じられない貧困問題を、肌で感じたかったので参加しました。
 
 
 
私が一番印象に残った体験は土曜日の家庭訪問でした。
私は前日まで語学留学をしていたので、この日が私にとってのボランティア初日でした。
 
 
留学先があるセブ中心地から1時間もないところにスラム街はありました。
 
夜はギャング街のスラム地帯の家庭訪問と、火事で避難したが、最近川沿いに建てられたスラム街に住んでいる家庭訪問でした。
 
 
生活状況が酷く、同じセブ市内とは思えない住宅でした。
 
特に、川沿いに建てられたスラム街は、電気もなく川沿いであるために、蚊やハエなどが多く、じっとしていれば体のあちらこちらが痒くなるような場所でした。
 
電気も通っていない中、家族数人で夜に寝るということを想像しただけでも心が苦しかったです。
 
 
家がある場所までの足場は、タイヤやゴミで一面が埋まっている、柔らかい土のみで、日が暮れてから外出することは困難な様子でした。
 
 
そんな最低とも思える環境で暮らさなければならない彼らにとって、満足しているものではないが、住む場所があるだけ自分たちは良い方だという捉え方をしていることに本当に驚きました。
 

両親とさらに祖母の稼ぎを足しても、他の場所に引越しできない収入の低さを知り、彼らに必要なのはお金そのものであることを悟りました。
 
 
 
午前中に行ったスラム街に住む母親も「ボランテイアとして私たちができることは何か」という質問に対し「ただ祈るだけ、お金以外で欲しいものは仕事だ」と言っていて、直接的に彼らを豊かな暮らしへと変えるには、食事や住居、日用品などお金に関わるものだけであるように思いました。
 
 
しかしそれだけではなく、貧困で苦しい生活などを忘れて、「ひとりの子供(人間)として、一緒に幸せや楽しい時間を共有すること」、また自分の周りの人に、「日本から少し離れた同じアジアで苦しい生活を強いられている子たちがたくさんいる」ということを伝えるだけでも意味があるという、朱音さんと斉藤さんのお言葉を聞き、この1週間弱が少しでも彼らに役に立てられたと願いたいです。
 
 
自分がボランティア前に抱いていた、貧困者へのイメージが短い期間で大きく変わり、また皆が日本人と変わらず、むしろそれ以上に笑顔で毎日過ごしているということを知れて良かったです。
 
 
これまで近寄ってくる、貧しい子供たちに警戒の眼差しで見てきました。
しかし彼らにも生活があり、必死に家族を支えていこうとしている姿であるということを知ったので、今後彼らのために、何ができるか日本に持ち帰って考えたいと思います。

 
 
 
2020年2月
 
 
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