みき ⽇本⼤学2年

1.⼦供達と遊んで
厳しい環境に置かれながらも、与えられた環境をめいいっぱいに使っていた。
メディアで⾒るような⽣活に苦しみながら暮らしている⼈たちとは全く異なり、笑顔で溢れていて、楽しそうに暮らしていた。
実際に関わってみることで、今までのイメージが完全に覆されられた。

現地の⼈は与えられたその環境をうまく使って、幸せそうに暮らしていた。

⼭村で⼀緒に遊んだ⼥の⼦と話をしていて、将来はlawyerになりたいと語っていた。

英語もとても流暢に話していて、このような環境下の中の⼦供たちも、教育を受けられていることを知った。

アクセサリーをつけてオシャレをしていたり、学校に通っている⼈も多かったので、私が想像していたよりも、機会が多く与えられていると思った。

無料のヘルスセンターに⾏くことができているのも昔よりかは制度が整っていると⾔えるのではないかと思った。


2.家庭訪問を通して
欲しいものは何かと質問したところ、ものではなく、知識や英語の勉強などそのような概念を答えていた。欲しい服や、バックなのどお⾦で買えるものを答えるだろうと⾃分が情けなく思えた。

これからも、学べる環境が整っていることに感謝する気持ちを忘れずに過ごしていきたいと思った。

⺟親への質問で⼼配なことと、幸せなこと、旦那さんとの出会い⽅などに対しての解答は私たちと同じようなことで、このような厳しい環境でも思うことは同じなのだと感じることも多かった。


3.⼤学で学んでいることを踏まえて
スラムであった⼈たちが「努⼒をしていない」から貧困に陥るわけではないことに気づいた。

むしろ、毎⽇必死に働いている。

8時間も働いているのに50ペソしかもらえないのが現実である。

必死に働いても、貧困から抜け出せないのは、個⼈に問題ではなく、教育や雇⽤、医療などの制度が⼗分に整っていない社会構造の問題だと感じた。

⼤学で「国際関係論」を学んでいる構造的暴⼒にあたるのではないかと思う。

誰かが直接傷つけているわけではないので戦争とは異なり、⾎は⾒えないが、社会の仕組みそのものが⼈々の可能性を制限しているのだと考えた。


4.1週間のボランティアを通して
現実と実際は違うことが多いので⾃分の語感で感じることが⼤切だということを学んだ。

観光で来るのと、ボランティアで来るのでは感じるものが全く違っていたと思う。

セブ島は観光地のイメージだったが、実際は9割以上が貧困層であることがわかった。


ゴミ⼭は動画で⾒るものと、実際は9割以上が貧困層であることがわかった。

ゴミ⼭で⽣活を⽀えている家族の姿を⽬の当たりにしたとき、実際に津⽤匂いの中でペットボトルを探し、それを売って⽣計を⽴てている現実は、写真や映像で⾒るのとは全く違う重みがあった。

しかし、衛⽣環境の悪さ、⾜を切ってしまうかもしれない危険性を感じた以上に、⼦供達は、そのゴミ⼭で楽しそうに駆け回って遊んでいた。

選択肢の少ない、与えられた環境をめいいっぱい使い、⽇々の⽣活を楽しんでいる姿に衝撃を受けた。

そして、⽇本の当たり前は世界の当たり前ではないことを痛感した。

⾃分⾃⾝で疑問に思うことがあったら⼀歩踏み出すことが⼤切であることを学んだ1週間でもあった。

2026.02.25

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